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下手ものの美 民芸とは

出雲地方の窯元は昭和初期に民芸という言葉を生み出した柳宗悦や、安来出身の河合寛次郎、そして濱田庄司、バーナードリーチなどの指導を受け、全国でも有数のレベルになる発展をしました。

すばらしい窯元がたくさんあります。私のしている仕事がどうかはおいて置いて、その、民芸の考え方、柳宗悦の思想は大いに共感します。というか、感動です。

高校生用の副読本、ふるさと島根に結構、島根の民芸運動の歴史が載っていて、なるほど~。でした。


 大正十五年の 日本民藝美術館設立趣意書 「趣旨」
から柳の考える美というものがわかりますので抜粋してみました。
           
        
 自然から産みなされた健康な素朴な活々(いきいき)した美を求めるなら、民藝 Folk Art の世界に
 来ねばならぬ。 私達は長らく美の本流がそこを貫いているのを見守って来た。
 併し(しかし)不思議にも此世界は余りに日常の生活に交わる為、却って(かえって)普通なもの
 貧しいものとして、顧みを受けないでいる。誰も今日迄その美を歴史に刻もうとは試みない。

 
 それは親しく人の手によって作られ、実生活の用具となったものを指すのである。
 わけても民衆に用いられた日常の雑具である。それ故恐らく誰の目にも触れている品々である。
 併し(しかし)今日迄その驚くべき価値を反省した人は殆んど(ほとんど)ない。
 人はかかるものに如何(いか)なる美があるかをさえ訝る(いぶかる)であろう。
 

私達が解して最も自然な健全な、それ故最も生命に充(み)ちると
 信じるもののみを蒐集する。私達はかかる世界に美の本質があることを疑わない。

 
 私達はかかる美が、寧ろ(むしろ)美術品と見做されているものに少なく、却って雑具として
 考えられる所謂(いわゆる)「下手(げて)」のものに多いのを看逃す事が出来ない。
 もとより美は至る所の世界に潜む。併し概して「上手(じょうて)」のものは繊弱に流れ、技巧に
 陥り、病疫に悩む。之(これ)に反し名無き工人によって作られた下手のものに醜いものは甚だ
 少ない。そこには殆ど作為の傷がない。自然であり無心であり、健康であり自由である。
 私達は必然私達の愛と驚きとを「下手のもの」に見出さないわけにはゆかぬ。

  
 恐らく美の世界に於いて、日本が独創的日本たる事を最も著しく示しているのは、此「下手もの」の
 領域に於いてであろう。私達は此美術館を日本に残す事に栄誉を感じないわけにはいかぬ。


本物というのは技巧ではない、と私も常々思っています。

いまみや工房、三島の作るうつわ、どんなもんかまた見に来てやってください。



  
  



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